労働衛生コンサルタントの頭の中シリーズ|第2回
――作業・記録・人の動きから、職場の無理を見つける
このシリーズについて
この記事は「労働衛生コンサルタントの頭の中」シリーズの第2回です。会社の安全衛生を担当者任せにせず、仕組みとして整えるために、労働衛生コンサルタントがどのように見て、整理し、会社側の判断につなげているかを扱います。
職場を見ていると、明らかな危険箇所よりも、むしろ「一見、問題なく回っているように見える部分」が気になることがあります。
労働衛生コンサルタントが現場を見る。
そう聞くと、まず思い浮かぶのは、危険箇所の確認かもしれません。
通路に物が置かれていないか。
保護具は使われているか。
掲示物は整っているか。
換気や照明に問題はないか。
有害物質や粉じん、騒音、暑熱などへの対策はどうなっているか。
もちろん、こうした点を見ることは大切です。
職場には、見落としてはいけない危険や有害要因があります。
ただし、現場で最初に見ているのは、「危ない場所」だけではありません。
実際には、作業の流れ、人の動き、記録の残り方、担当者への負担の集まり方、管理職と現場の距離感なども見ています。
なぜなら、安全衛生上の課題は、目に見える危険箇所だけに現れるわけではないからです。
特定の人の経験や注意力に頼っている。
記録は残っているのに、次の判断に使われていない。
現場で気づかれている違和感が、会社の対応につながっていない。
そのような状態でも、表面的には「問題なく回っている」ように見えることがあります。
第1回では、労働衛生コンサルタントは、会社の安全衛生を「点」ではなく「仕組み」として見る外部参謀だと整理しました。
今回の第2回では、実際に現場を見るとき、どのようなところから見始めるのかを、一般化したモデルケースを交えながら考えていきます。
モデルケース:一見、きちんと回っている職場
たとえば、従業員60名ほどの製造業の事業場を想定してみます。
健康診断、産業医、衛生委員会、職場巡視の記録など、書類上は必要な体制がある程度整っています。
必要な掲示物や保護具も、一通り準備されています。
担当者もまじめに対応しており、健康診断の手配や産業医面談の日程調整、衛生委員会の準備も滞りなく進めています。
書類だけを見ると、大きな問題はなさそうです。
ただ、現場を見ていくと、少しずつ気になる点が見えてきます。
ある作業は、ベテラン社員の判断にかなり頼っている。
手順書と実際の作業の順番が少し違っている。
衛生委員会の議事録は残っているが、同じ話題が何度も出ている。
健診後の対応は担当者が個別に追いかけているが、全体の進捗は見えにくい。
現場リーダーは問題に気づいているが、会社としてどう扱うかは曖昧なままになっている。
大きな事故が起きているわけではありません。
明らかな法令違反がすぐに見つかるわけでもありません。
それでも、労働衛生コンサルタントの目から見ると、いくつかの「無理の集まり方」が見えてきます。
このシリーズで扱うのは、実在する特定の会社の事例ではありません。
複数の職場で起こりやすい構図を一般化したモデルケースです。
大切なのは、誰かの失敗を探すことではありません。
「自社にも、似た構図があるかもしれない」
「うちの場合は、どこに無理が集まっているだろう」
そう考えるための材料として読んでいただければと思います。
まず見るのは、作業の流れ
現場を見るとき、最初に確認したいことの一つは、作業の流れです。
何を、誰が、どの順番で行っているのか。
手順は決まっているのか。
決まっている手順と、実際の作業が一致しているのか。
忙しい時間帯や人手が少ない場面で、手順が変わっていないか。
ここで大切なのは、単に「手順書があるか」を見ることではありません。
手順書があることと、現場でその通りに作業が回っていることは、同じではありません。
現場では、作業を効率よく進めるために、少しずつ独自の工夫が加わっていることがあります。
その工夫自体が悪いわけではありません。
問題は、その工夫が安全衛生上のリスクを増やしていないか、会社として把握されているか、必要な見直しにつながっているかです。
たとえば、重い物を持ち上げる作業があるとします。
手順書では二人で作業することになっている。
しかし実際には、忙しい時間帯には一人で対応している。
ベテランは慣れているため問題なく見える。
けれども、新人や応援者が同じように行うと、腰痛や転倒のリスクが高まる。
この場合、見るべきなのは「ルール違反をしている人がいる」という単純な話ではありません。
なぜ一人で作業する流れになっているのか。
二人で作業できない時間帯があるのか。
人員配置や作業量に無理があるのか。
手順書が実態に合っていないのか。
こうした背景まで見なければ、実務に使える改善にはつながりません。
労働衛生コンサルタントは、作業そのものだけでなく、作業がその形になっている理由を見ようとします。
人の動きと、負担の集まり方を見る
現場では、人の動きも重要です。
誰がどこを行き来しているのか。
どの時間帯に人が集中するのか。
誰に質問や確認が集まっているのか。
特定の人がいないと回らない作業がないか。
管理職や現場リーダーが、どこまで状況を把握しているか。
安全衛生の課題は、設備や作業環境だけでなく、人の動きにも現れます。
たとえば、ある担当者にだけ健康診断、面談調整、衛生委員会、職場巡視、行政対応が集まっている場合があります。
本人がよく分かっていて、まじめに対応している。
周囲も「あの人に聞けば分かる」と思っている。
そのため、表面的には仕事が回っているように見える。
しかし、その状態は本当に会社の仕組みとして安定しているでしょうか。
その担当者が休んだら、誰が対応するのか。
異動したら、引き継げるのか。
判断基準は記録されているのか。
産業医に相談する前の情報整理は、他の人にもできるのか。
担当者が優秀であればあるほど、会社の仕組みとしての弱さが見えにくくなることがあります。
ここで見たいのは、担当者の良し悪しではありません。
負担や判断が、一人に集まりすぎていないかという点です。
作業の負担。
判断の負担。
調整の負担。
記録の負担。
専門職につなぐ前の整理の負担。
どこに負担が集まっているかを見ることは、会社の安全衛生を仕組みとして整えるうえで重要です。
記録は、「残っているか」より「使われているか」
安全衛生の実務では、記録が重要です。
健康診断の結果。
受診勧奨の記録。
産業医面談の記録。
衛生委員会の議事録。
職場巡視の記録。
改善対応の履歴。
こうした記録が残っているかどうかは、もちろん大切です。
しかし、それだけでは十分ではありません。
記録は、残っているだけでなく、次の判断に使われているかが重要です。
たとえば、衛生委員会の議事録が毎月作成されているとします。
形式としては整っています。
開催日、出席者、議題、報告事項も記載されています。
それでも、同じ話題が何度も出ている。
前回の課題が、次回どうなったか分からない。
誰が対応するのかが曖昧なままになっている。
現場での改善につながったかどうかが見えない。
この場合、記録は残っています。
しかし、実務を動かす記録としては十分に使われていないかもしれません。
健診後対応でも同じです。
受診勧奨をした。
面談を調整した。
産業医の意見を受けた。
管理職に必要な範囲で共有した。
それぞれの対応がどこかに残っていたとしても、全体の流れとして追えなければ、次に同じようなケースが起きたときに判断しにくくなります。
労働衛生コンサルタントは、記録の有無だけでなく、その記録が会社の判断に使える形になっているかを見ます。
「残すための記録」から、「次に使える記録」へ。
ここは、安全衛生を担当者任せにしないための大切な視点です。
おわりに:違和感を、次の整理につなげる
現場を見るというと、問題点を探すことのように聞こえるかもしれません。
もちろん、危険箇所や改善すべき点を見つけることは大切です。
ただし、それだけでは会社の安全衛生は仕組みとして動きません。
大切なのは、現場で拾った違和感を、次の整理につなげることです。
その違和感は、作業手順の問題なのか。
記録の残し方の問題なのか。
人や判断の流れの問題なのか。
ここを整理して初めて、会社として次に何を考えるべきかが見えてきます。
労働衛生コンサルタントは、現場で見つけた違和感を、単なる指摘事項として終わらせるのではなく、会社が判断し、対応し、記録に残せる形へ整理していきます。
第3回では、現場で拾った違和感を、どのように整理するかを扱います。
気になる点を列挙するだけでは、会社の実務にはつながりません。
記録、役割分担、対応方針に落とし込むために、どのように考えるのか。
次回は、その整理の過程を見ていきます。
シリーズ内の前後記事
- 前の記事:第1回「労働衛生コンサルタントって、何をしている人?」
- 次の記事:第3回「現場で拾った違和感を、どう整理するか」
- シリーズ一覧:労働衛生コンサルタントの頭の中