労働衛生コンサルタントの頭の中シリーズ|第4回

――「誰に聞けばいいのか」で止まらないために

このシリーズについて
この記事は「労働衛生コンサルタントの頭の中」シリーズの第4回です。会社の安全衛生を担当者任せにせず、仕組みとして整えるために、労働衛生コンサルタントがどのように見て、整理し、会社側の判断につなげているかを扱います。

安全衛生の実務では、
「これは産業医に相談した方がよいのか」
「主治医の診断書があれば、それで決めてよいのか」
「会社として、どこまで判断してよいのか」
と迷う場面があります。

健康診断後の対応。
体調不良者への配慮。
休職や復職に関する判断。
作業内容や勤務時間の調整。
管理職への情報共有。
本人との話し合い。

こうした場面では、医師や専門職の意見が必要になることがあります。

ただし、ここで大切なのは、専門職に相談することと、会社が決めることは同じではないという点です。

産業医に相談すれば、会社の方針が自動的に決まるわけではありません。
主治医の診断書があれば、職場での対応がすべて決まるわけでもありません。
労働衛生コンサルタントに相談すれば、会社の代わりに人事労務上の判断をしてくれるわけでもありません。

もちろん、専門職の意見は重要です。
会社だけで抱え込まない方がよい場面もあります。

しかし、専門職に相談する前に、会社側で整理しておくべきことがあります。

何に困っているのか。
どの作業が問題になりそうなのか。
会社として、どこまで調整できるのか。
何を専門職に確認したいのか。
そして、その意見を受けたうえで、会社として何を決める必要があるのか。

この整理がないまま相談すると、相談そのものがぼやけてしまいます。

第3回では、現場で拾った違和感を、気づいた人の記憶で終わらせず、会社の判断材料に変えることを考えました。

今回の第4回では、その判断材料を前にしたとき、会社側で決めることと、専門職に相談することをどう分けるかを整理します。


この記事で扱うこと

この記事では、主に次の3つを扱います。

  • 主治医・産業医・労働衛生コンサルタント・会社の役割の違い
  • 「軽作業が望ましい」という診断書を、会社がどう扱うか
  • 専門職に相談する前に、会社側で整理しておきたいこと

モデルケース:「軽作業が望ましい」と書かれた診断書

今回は、少し場面を変えて考えてみます。

モデルケース

従業員70名ほどの、物流作業を含む事業場を想定します。

ある従業員から、主治医の診断書が提出されました。
そこには、次のような内容が書かれています。

「当面は、軽作業が望ましい」

本人は、できれば勤務を続けたいと話しています。
会社としても、可能な範囲で働き続けられるようにしたいと考えています。

ただ、現場にはいくつかの作業があります。

立ち仕事。
荷物の持ち運び。
倉庫内の移動。
繁忙時間帯の応援。
暑い場所での作業。
急ぎの出荷対応。

人事労務担当者は、産業医に相談しようと考えます。
けれども、その前に少し立ち止まります。

「軽作業」とは、うちの会社では具体的に何を指すのだろうか。
どの作業なら続けられるのか。
どの作業は避けた方がよいのか。
どの程度の期間、配慮すればよいのか。
管理職には、どこまで伝えればよいのか。
本人には、何を確認すればよいのか。

ここで、すぐに産業医へ
「この人を働かせても大丈夫ですか」
と聞きたくなるかもしれません。

しかし、この聞き方では、相談の焦点が広すぎます。

その一言の中には、いくつもの論点が混ざっています。

本人の病状や治療方針のこと。
現在の作業が健康面に与える影響のこと。
会社として調整できる作業範囲のこと。
人員配置や現場運用のこと。
管理職への情報共有のこと。
本人との合意形成のこと。
記録として何を残すかということ。

これらが混ざったままでは、専門職も具体的な助言をしにくくなります。

「無理のない範囲で配慮してください」
「主治医に確認してください」
「会社で対応可能な範囲を検討してください」

このような回答になることがあります。

もちろん、それ自体が間違いというわけではありません。
ただ、会社の実務を動かすには、もう少し具体的な整理が必要です。


まず、役割の違いを整理する

このような場面では、関係者の役割を混同しないことが重要です。

主治医、産業医、労働衛生コンサルタント、会社。
それぞれの役割は重なり合う部分もありますが、同じではありません。

関係者 主な役割 注意したいこと
主治医 診断、治療、療養上の注意について医学的に判断する 職場の作業内容や人員体制を詳しく知っているとは限らない
産業医 働くことを前提に、就業上の配慮や措置について会社に助言する 配置や勤務上の取扱いを最終決定する立場ではない
労働衛生コンサルタント 会社側の情報整理、相談の流れ、記録、役割分担、安全衛生体制を整理する 個別従業員の診断や治療方針を決める立場ではない
会社 専門職の意見を踏まえ、職場運用として方針を決める 専門職に会社判断を丸投げしない

この表だけを見ると、単純な役割分担に見えるかもしれません。

しかし実務では、この線引きが曖昧になりやすいのです。

主治医の診断書に「軽作業が望ましい」と書かれている。
産業医にも相談した方がよさそう。
現場は人員に余裕がない。
本人は働き続けたい。
管理職はどこまで配慮すればよいか分からない。

このような状況では、誰か一人がすべてを決めることはできません。

それぞれの役割を分けたうえで、会社としてどう判断するかを整理する必要があります。


主治医の意見は、重要な判断材料である

主治医は、本人を診療している医師です。
病気の診断、検査、治療方針、薬の調整、療養上の注意などを担います。

本人の病状について、医学的に詳しい情報を持っているのは、通常は主治医です。

そのため、診断書や意見書は、会社にとって重要な判断材料になります。

ただし、主治医は会社の職場を直接知っているとは限りません。

実際の作業内容。
荷物の重さ。
移動距離。
暑さや寒さ。
勤務時間。
繁忙時間帯。
代替作業の有無。
現場の人員体制。

こうした情報を、主治医が詳しく把握しているとは限りません。

そのため、診断書に「軽作業が望ましい」と書かれていても、それだけで会社の対応が自動的に決まるわけではありません。

会社側では、さらに考える必要があります。

自社における軽作業とは何か。
現在の業務のうち、何が負担になりそうなのか。
どの作業なら一時的に外せるのか。
どの作業なら続けられるのか。
配慮の期間をどう考えるのか。
本人とどのように確認するのか。

主治医の意見は、会社の判断材料です。
会社の職場運用そのものを、主治医が決めるわけではありません。


産業医には、就業上の助言を求める

産業医は、従業員が働くことを前提に、会社に医学的・産業保健的な助言を行う専門職です。

健康診断結果。
本人の状況。
主治医の診断書。
会社から提供された作業内容。
勤務時間や職場環境。
会社で可能な配慮。

こうした情報を踏まえて、就業上どのような配慮が望ましいかについて意見を述べます。

たとえば、次のような助言が考えられます。

  • 当面は重量物作業を避けた方がよい
  • 暑熱環境での作業は控えた方がよい
  • 残業は一定期間制限した方がよい
  • 主治医に追加で確認した方がよい
  • 一定期間後に再度状況を確認した方がよい

ただし、産業医は、会社の人事労務上の最終判断を代行する立場ではありません。

産業医の意見を踏まえて、実際にどの作業を担当してもらうのか。
勤務時間をどうするのか。
配置や応援体制をどう調整するのか。
管理職に何を伝えるのか。
本人とどのように話し合うのか。

これらを決めるのは、会社側です。

産業医に相談するときは、
「この人は大丈夫ですか」
と丸ごと尋ねるのではなく、会社側で整理した情報をもとに、具体的に相談することが大切です。

たとえば、次のような相談です。

現在の作業には、荷物の持ち運びと倉庫内移動があります。
重量物作業は一時的に外すことができます。
ただし、立ち仕事は完全には避けにくい状況です。
主治医からは「軽作業が望ましい」と書かれています。
この条件で、就業上どのような点に注意すべきでしょうか。

このように相談できると、産業医の助言は会社の実務に活かしやすくなります。


労働衛生コンサルタントが整理するのは、会社側の判断の土台

労働衛生コンサルタントは、個別従業員の病気を診断したり、治療方針を決めたりする立場ではありません。
また、会社の代わりに配置や勤務上の取扱いを最終決定する立場でもありません。

労働衛生コンサルタントが見るのは、会社の安全衛生を仕組みとしてどう動かすかです。

今回のケースでいえば、次のような点を整理します。

  • 診断書を受け取ったあと、会社では誰が内容を確認するのか
  • 産業医に相談する前に、作業内容を誰が整理するのか
  • 現場の管理職から、どのような情報を集めるのか
  • 本人には、何を確認するのか
  • 産業医の意見を受けたあと、会社として誰が判断するのか
  • 判断結果を、どこに記録するのか
  • 同じようなケースが起きたとき、次も同じ流れで対応できるのか

ここでの目的は、医学的な判断を代わりに行うことではありません。

会社側が、専門職に適切に相談できるようにする。
専門職からの意見を、会社の実務に落とし込めるようにする。
担当者の頭の中だけで処理されないように、手順や記録に残す。

これが、労働衛生コンサルタントが関わる意味です。

つまり、労働衛生コンサルタントは、主治医や産業医の役割を置き換える存在ではありません。

会社側の判断の土台を整理し、必要な専門職につなぎ、会社として決めるべきことを見えるようにする存在です。


会社側で決めること

今回のケースでは、会社側で決めなければならないことがあります。

  • どの作業を続けてもらうのか
  • どの作業を一時的に外すのか
  • 勤務時間や残業をどう扱うのか
  • 配慮の期間をどう設定するのか
  • 誰が本人と話し合うのか
  • 管理職には何を共有するのか
  • 他の従業員への影響をどう調整するのか
  • 判断内容をどこに記録するのか
  • いつ見直すのか

これらは、医学的な意見だけでは決まりません。

もちろん、主治医や産業医の意見を軽視してよいという意味ではありません。
むしろ、医学的な意見は重要です。

しかし、その意見を受けて、会社としてどのように職場運用に落とし込むかは、会社側の判断です。

ここを曖昧にすると、専門職への相談が「決めてもらうための相談」になってしまいます。

産業医に、配置や勤務上の取扱いを丸ごと決めてもらおうとする。
主治医の診断書だけで、職場での具体的な対応を自動的に決めようとする。
担当者が一人で、現場調整から記録まで抱え込んでしまう。

このような状態では、会社の仕組みとしては弱くなります。

専門職の意見を受けて、会社として何を決めるのか。
その役割は、会社側に残ります。


専門職に相談すること

一方で、会社だけで抱え込まなくてよいこともあります。

医学的な評価が必要なこと。
就業上の配慮について、医師の意見を確認した方がよいこと。
現在の作業負荷が健康面にどう影響しうるかを確認したいこと。
安全衛生体制や記録の流れを、外部から整理した方がよいこと。
法令や制度との関係を確認した方がよいこと。

こうしたことは、専門職に相談する意味があります。

ただし、相談先ごとに役割は違います。

相談したい内容 主な相談先
本人の病状、治療、療養上の注意点 主治医
働くことを前提にした就業上の配慮や措置 産業医
会社側の情報整理、相談の流れ、記録、役割分担、安全衛生体制 労働衛生コンサルタント
就業規則、休職制度、労働条件、労務管理上の取扱い 社会保険労務士など

大切なのは、
「誰に聞けば全部決まるのか」
ではありません。

「この論点は、誰に相談するのが適切か」
と分けて考えることです。

役割を分けて考えることで、専門職の意見を会社の判断材料として使いやすくなります。


産業医に相談する前に整理しておきたいこと

専門職への相談を実務に活かすには、相談前の整理が重要です。

たとえば、産業医に相談する前には、次のような情報を整理しておくと、話が進みやすくなります。

産業医に相談する前の整理項目

  • 本人の現在の勤務状況
  • 主治医の診断書や意見書の内容
  • 現在担当している作業の内容
  • 身体的な負荷が大きい作業
  • 一時的に外せる作業
  • 会社として調整できる範囲
  • 管理職が気にしている点
  • 本人が希望していること
  • 会社として判断したいこと
  • 見直しの時期

この整理がないまま相談すると、専門職は一般的な助言しか出しにくくなります。

一方で、情報が整理されていれば、専門職の助言は具体的になります。
会社側も、その意見を受けて何を決めるべきかを考えやすくなります。

相談の質は、相談前の整理で大きく変わります。


役割分担が見えると、安全衛生は動きやすくなる

主治医、産業医、労働衛生コンサルタント、会社。
それぞれの役割が見えると、安全衛生の実務は動きやすくなります。

主治医の診断書を、会社の職場運用にどう活かすか。
産業医に、何を相談するか。
管理職に、どこまで共有するか。
本人と、何を確認するか。
会社として、どの作業や勤務条件を調整するか。
その判断を、どこに記録するか。

これらが整理されていると、担当者が一人で抱え込まなくて済みます。

反対に、役割分担が曖昧なままだと、相談は増えても、会社の判断は進まないことがあります。

主治医の診断書を見て迷う。
産業医に相談しても、会社側で何を決めるのかが曖昧なままになる。
管理職は、何をしてよいか分からない。
担当者だけが、本人、現場、医師、会社の間で調整を続ける。

これでは、専門職に相談していても、会社の仕組みとしては安定しません。

安全衛生は、専門職任せでも、担当者任せでも、現場任せでもうまく回りません。

会社側で決めることと、専門職に相談することを分ける。
そのうえで、専門職の意見を会社の判断材料として使う。

この線引きが見えると、実務は少しずつ動きやすくなります。


おわりに:「誰に聞けばいいのか」で止まらないために

専門職に相談することは大切です。

主治医の意見が必要な場面があります。
産業医の助言を受けるべき場面があります。
労働衛生コンサルタントに、会社の安全衛生体制を外から整理してもらった方がよい場面もあります。
労務管理上の取扱いについて、社会保険労務士に相談した方がよい場面もあります。

ただし、専門職に相談すれば、会社の判断がすべて代行されるわけではありません。

主治医は、診断と治療を担います。
産業医は、就業上の助言を行います。
労働衛生コンサルタントは、会社の判断の土台や安全衛生体制を整理します。
そして会社は、最終的な方針決定と職場運用の責任を担います。

大切なのは、
「誰に聞けばいいのか」
で止まらないことです。

何を会社側で決めるのか。
何を専門職に相談するのか。
その意見を受けて、会社としてどう判断するのか。

この整理ができると、安全衛生の実務は担当者個人の経験や善意だけに頼らず、会社の仕組みとして動きやすくなります。

第5回では、第1期の最後として、小さな会社ほど安全衛生を「人任せ」にしない方がよい理由を考えます。

担当者のがんばり、現場の経験、専門職の助言。
それぞれは大切です。

ただ、それだけに頼りきるのではなく、会社として続けられる安全衛生の仕組みにしていくには、何を考えておく必要があるのか。

次回は、その全体像を整理します。


シリーズ内の前後記事