労働衛生コンサルタントの頭の中シリーズ|第5回
――「あの人だからできる」を、次の人もたどれる形にする
このシリーズについて
この記事は「労働衛生コンサルタントの頭の中」シリーズの第5回です。会社の安全衛生を担当者任せにせず、仕組みとして整えるために、労働衛生コンサルタントがどのように見て、整理し、会社側の判断につなげているかを扱います。
小さな会社では、人の顔が見えやすいことがあります。
経営者と現場の距離が近い。
総務担当者が、従業員一人ひとりの事情をよく知っている。
管理職が、現場の細かな変化に気づきやすい。
困ったことがあれば、すぐに相談できる。
これは、小さな会社の強みです。
安全衛生の実務でも、この強みは大きな力になります。
健康診断後の対応を、担当者がこまめに追いかけている。
産業医とのやり取りを、いつもの担当者が調整している。
現場の気になる点を、ベテランの管理職が拾っている。
衛生委員会や職場巡視の記録を、まじめな担当者が整えている。
こうした「人の力」で、職場の安全衛生が支えられている会社は少なくありません。
ただし、小さな会社では、何かあったときにすぐ動けるからこそ、仕組みとして残っていないことが見えにくくなることがあります。
うまく回っているように見える。
困ったときも、誰かがすぐに対応してくれる。
細かな手順がなくても、何となく分かる人がいる。
それは強みです。
けれども、その強みがあるために、どこが人に依存しているのかに気づきにくくなることもあります。
その対応は、会社の仕組みとして残っているでしょうか。
担当者がいるから分かる。
ベテランがいるから気づける。
いつもの人がいるから産業医に相談できる。
その人が覚えているから、過去の経緯が分かる。
この状態は、短期的にはうまく回っているように見えます。
しかし、その人が異動したら。
急に休んだら。
退職したら。
少し複雑な事案が起きたら。
それでも、次の人が同じようにたどれるでしょうか。
小さな会社ほど、安全衛生を「人任せ」にしない方がよい理由は、ここにあります。
人の力を否定する必要はありません。
詳しい人がいる。
気づける人がいる。
現場との信頼関係がある人がいる。
産業医や外部専門職とのやり取りに慣れている人がいる。
これは、会社にとって大切な強みです。
ただし、その人の頭の中にある判断基準や対応の流れが、会社の中で見えないまま残っていると、次の人は同じようには動けません。
たとえば、健康診断後の対応です。
どの結果を優先して確認するのか。
どの段階で産業医に相談するのか。
本人への連絡は誰が行うのか。
受診状況をどこまで追いかけるのか。
その記録をどこに残すのか。
これらを、担当者が経験で判断していることがあります。
担当者が慣れていれば、実務は回ります。
しかし、その判断の理由や流れが残っていなければ、次の人は同じようには動けません。
ここで大切なのは、人に頼ることをやめることではありません。
その人が自然に行っている判断や工夫を、会社の中でたどれる形にしておくことです。
「あの人だからできる」を、次の人もたどれる形にする
「あの人だからできる」という状態は、会社にとって強みでもあります。
ただし、そのままでは仕組みにはなりません。
仕組みにするためには、少なくとも次の人がたどれる必要があります。
何を見ればよいのか。
どこで判断すればよいのか。
誰に相談すればよいのか。
何を記録として残せばよいのか。
次に同じような場面が起きたとき、どこを見返せばよいのか。
完璧なマニュアルを作る必要はありません。
分厚い規程を作る必要もありません。
大企業と同じような管理体制を、いきなり作る必要もありません。
小さな会社に必要なのは、自社の規模と実務に合った、続けられる仕組みです。
たとえば、次のようなことです。
健康診断後、どの結果を産業医に相談するのか。
本人から体調に関する申し出があったとき、誰が最初に受け止めるのか。
管理職から就業上の不安が上がってきたとき、どの情報を整理するのか。
職場巡視や衛生委員会で出た違和感を、どこに残すのか。
会社側で決めることと、専門職に相談することをどう分けるのか。
これらが少しでも見える形になっていると、担当者が変わっても、次の人がたどりやすくなります。
「あの人が知っている」から、
「記録を見れば流れが分かる」へ。
「あの人が判断していた」から、
「会社として、どこで判断するかが分かる」へ。
「あの人が産業医に相談していた」から、
「何を整理して相談するかが分かる」へ。
この変化が、小さな会社の安全衛生を安定させます。
まず見える化したい3つのこと
小さな会社が安全衛生を人任せにしないために、最初から大きな仕組みを作る必要はありません。
まず見える化したいのは、次の3つです。
| 見える化したいこと | 決めておきたいこと | 目的 |
|---|---|---|
| 判断の入口 | どんな場面で会社として立ち止まるか | 気づきや相談を放置しない |
| 相談の流れ | 誰が情報を整理し、誰に相談するか | 担当者が一人で抱え込まない |
| 記録の残し方 | 何を、どこに、どの程度残すか | 次の人もたどれるようにする |
判断の入口
まず大切なのは、どのような場面で会社として確認や判断を行うのかを決めておくことです。
健康診断結果で一定の所見があったとき。
本人から体調に関する申し出があったとき。
管理職から就業上の不安が上がってきたとき。
同じ作業上の違和感が繰り返し出ているとき。
こうした場面を、担当者の感覚だけに任せず、会社として拾えるようにしておくことが大切です。
すべてを細かく決める必要はありません。
ただ、
「こういうときは一度立ち止まって確認する」
という入口があるだけで、見落としは減ります。
相談の流れ
次に、相談の流れです。
誰が最初に情報を受け取るのか。
誰が作業内容や勤務状況を確認するのか。
どの段階で産業医に相談するのか。
外部専門職に相談するのはどのような場面か。
会社として最終的に判断するのは誰か。
これらが曖昧なままだと、担当者が一人で抱え込むことになります。
相談の流れを整える目的は、担当者の自由度を奪うことではありません。
むしろ、担当者が迷ったときに、
「次に誰へつなげばよいか」
「どこまで自分で抱えなくてよいか」
が見えるようにすることです。
記録の残し方
3つ目は、記録の残し方です。
記録は、残っているだけでは十分ではありません。
何が起きたのか。
誰が確認したのか。
何を専門職に相談したのか。
どのような意見があったのか。
会社として何を決めたのか。
次にいつ見直すのか。
この程度の情報が残っていれば、次に同じようなケースが起きたときに、判断の材料になります。
記録を完璧に残そうとすると、続きません。
大切なのは、担当者が変わっても、最低限の流れを追えることです。
記録は、担当者を縛るためのものではありません。
次の人が迷わずたどれるようにするためのものです。
労働衛生コンサルタントは、見える化を支える外部参謀
労働衛生コンサルタントは、会社の代わりにすべてを決める存在ではありません。
担当者の頭の中にある判断。
ベテランの経験の中にある気づき。
いつもの担当者が自然にやっている相談の流れ。
それらを責めるのではなく、会社の中で使える形に変えていく。
会社側で担う部分と、専門職に相談する部分を分ける。
記録や相談の流れを、次の人もたどれる形にする。
会社の実務として、どこからなら動かせるかを一緒に考える。
労働衛生コンサルタントは、その整理を外から支援する立場です。
安全衛生は、担当者のがんばりだけで支えるには重い領域です。
一方で、専門職に丸投げすればよいものでもありません。
会社側が自社の状況を見える化し、必要に応じて専門職を使いながら、続けられる仕組みにしていく。
その伴走役として、労働衛生コンサルタントを使うという考え方があります。
おわりに:人のがんばりを、会社の力に変える
小さな会社には、小さな会社の強みがあります。
顔が見える。
動きが速い。
現場との距離が近い。
従業員一人ひとりの状況を把握しやすい。
これらは、安全衛生の実務でも大きな力になります。
だからこそ、人の力を否定する必要はありません。
大切なのは、人の力だけに頼りきらないことです。
安全衛生を整えることは、特別な部署や大きな制度を作ることだけではありません。
日々の判断を、少しだけ見える形にする。
相談の流れを、少しだけたどれる形にする。
記録を、次の人が使える形にする。
その積み重ねが、会社の安全衛生を支える土台になります。
「あの人だからできる」を、
「次の人もたどれる」に変える。
そのために、判断の入口を決める。
相談の流れを決める。
記録の残し方を決める。
会社側で決めることと、専門職に相談することを分ける。
この積み重ねが、担当者のがんばりを会社の力に変えていきます。
安全衛生を、担当者任せで止めない。
専門職任せにも、現場任せにもせず、会社として続けられる形に整えていく。
このシリーズでお伝えしたかったのは、そのための考え方です。
自社で考えてみたい問い
- 自社では、どこが「あの人だからできる」になっているか
- 次の人もたどれる形で、何を残しておくとよいか
- 専門職に相談する前に、会社側で整理する情報は決まっているか
労働衛生コンサルタントの頭の中を、会社側にも見える形にする。
それによって、会社が自社の安全衛生を考えるための地図を持てるようにする。
第1期の6本は、そのための導入編です。
ここまで読んでくださった方が、自社の安全衛生を「人任せ」で止めず、会社として続けられる形に整えていくきっかけになれば幸いです。
シリーズ内の前後記事
- 前の記事:第4回「会社側で決めること、専門職に相談すること」
- シリーズ一覧:労働衛生コンサルタントの頭の中
- 関連ページ:労働衛生コンサルタントによる安全衛生体制の整理・相談