意見書が届いたあと、担当表が変わるまで
医師の意見を現場へ伝えた。ところが、翌日の担当も、夕方の仕事も前と同じになっている。何を変えるかを会社が決め、実際の仕事につなぐところまで、健診後の対応をたどります。
伝えたはずのこと
午後の生産予定を確認していた総務の森田は、担当表の右端に平野の名前を見つけた。夕方に仕上がる製品の照合担当だった。
昨日、産業医の田辺から受け取った意見を、課長の岸へ伝えている。健診結果と面談を踏まえ、当面の勤務の負担を軽減する必要があるという意見だった。
「平野さんの件、見てもらえましたか」
「見ています。本人にも無理をしないように言いました」
岸は書類を棚から出した。負担を減らす必要があることは分かっていた。ただ、どの仕事を外し、代わりを誰に頼むかは、まだ決まっていなかった。
「昨日は予定より遅くなりましたか」
「昨日は定時で終わっています。今日も、間に合えば終われます」
森田は担当表へ戻った。間に合うかどうかが、その日の製造の進み方によって変わる仕事だった。
平野は照合に慣れている。品番が似ていても見落とさず、数量の違いもよく見つける。夕方の便に載せたいとき、岸は頼む相手を考えるより先に、平野の名前を書いていた。
森田も、岸へ意見を伝えたところで、対応が進んだつもりになっていた。いつから何を変えるかを、岸と確かめてはいなかった。

定時までなら同じ仕事でよいのか
その日の終業前、森田と岸は工場長に相談した。工場長は、必要な対応を確かめる間も、平野を残業の予定から外し、今日の終業前に残る照合は岸が別の担当へ割り振るよう指示した。
「それを続ければ、よいんでしょうか」
森田の問いに、岸は少し考えた。
「残業は減らせます。でも、四時ごろから急に物が来る日は、定時までがずっと詰まっています」
森田には、そこが分からなかった。意見を受け取ったのは自分だが、平野がどのように一日を過ごすかは、岸の方がよく知っている。平野にも話を聞くことにした。
平野は、昼間の検査は続けたいと言った。長く担当してきた仕事だ。全部を外されたら、どこに立てばよいのか分からない。
「夕方だけ、間に合わせなきゃという感じになるんです。定時に帰っていいと言われても、前に箱が残っていると」
岸はうなずいた。
「帰る直前に、これは平野さんじゃないと分からない、と聞くこともありますね」
森田は、田辺へ確認したいことを整理した。時間外労働をなくすことに加え、定時前へ仕事を詰め込む形になっていないか。昼間の検査と夕方の照合では、仕事の条件がどう違うか。本人の希望と会社の案を、仕事の情報と一緒に伝える必要があった。
医師へ返すのは、もう一枚のお願いだけではなかった
岸と平野は、夕方の仕事を順にたどった。製品が届く予定時刻、まとめて届いたときの量、照合後に返答する相手。予定外の品番が来ると、製造担当への確認が増えることも分かった。
森田は、普段の労働時間だけでなく、その仕事の進み方と、会社が考えている変更案を田辺へ送った。健康情報を含むやり取りは、社内で定めた経路を使った。
最初に添えた説明には、昼の仕事を「通常の検査」と書いていた。岸に見てもらうと、それだけでは、一人で続ける時間も、途中で別の確認が入ることも伝わらないと言われた。森田は、名前の説明に、実際の進み方を足した。
田辺は、届いた仕事の情報を見て、平野にも確認した。
「この方の場合は、定時に帰れるかに加えて、終業前へ仕事が集中する負担も減らしたいです」
夕方の最終照合と問い合わせを移す案は、その負担を減らす方向に合っているという。昼間の検査は、会社が示した量と進め方で続ける案を検討できるが、実施後の仕事の状態も確かめたい。森田は、残業をなくすだけでは受け取れなかった意見の意味を、岸へ返した。
「夕方の担当から外すなら、昼の検査も全部変えますか」
岸が聞くと、森田は、本人の話と確認した意見をもう一度見た。
「昼の検査は、量と進め方を調整して続ける案を確かめられました。夕方の照合は、別の担当へ移しましょう」
岸は、担当表の平野の名前を全部消すのをやめた。夕方の最終照合を別の担当へ移し、昼間の検査は仕事量も含めて調整する案にした。終業間際の問い合わせは岸が受け、平野にしか分からない点は翌日の仕事として整理する。
ただ、岸が問い合わせを全部持つと、岸自身の段取りが遅れる。製造側にも、照合が必要な品番を早めに知らせてほしいと相談した。岸だけの担当表を直して終わる変更ではなかった。
作業名を残して、受持ちを変える
| 仕事 | 変更前 | 会社が変更したこと |
|---|---|---|
| 昼間の検査 | 平野が担当 | 平野が続け、量と進め方を調整 |
| 終業前の最終照合 | 平野へ集中 | 別の担当へ |
| 問い合わせ | 平野へ集中 | 岸課長が受ける |
会社の案を医師へ確認し、実施後の仕事も次の確認へ返す
名前を移したあと
工場長は案を確認し、関係する工程の担当者にも説明することにした。平野とは、変える仕事、続ける仕事、困ったときに話す相手を具体的に確かめた。
「仕事ができなくなったから外す、ということではないんですよね」
平野が聞いた。
森田は、うなずくだけで済ませなかった。健康を確保するための変更であることと、仕事の状態や医師の意見を確認しながら見直すことを説明した。平野も、続ける担当を表で確認した。
変更した日の夕方、製品の箱が検査場へ届いた。平野はいつものように伝票へ手を伸ばしかけたが、新しい担当者が箱を引き受けた。
「これ、先に見てもらった品番ですか」
「昼の分と同じです。違うところがあったら、岸さんに聞いてください」
平野は自分の検査記録を片付けた。隣の作業まで気になったが、担当を引き受けた人は伝票を見ながら数えていた。平野がその場へ戻らなくても、仕事は続いた。
岸は翌朝、実際の担当と問い合わせの受け方を森田へ伝えた。森田は、平野が続けている昼間の検査の量と進み方も、次に田辺へ返す情報として残した。
最初は、定時に終われば意見に沿う働き方になったと思っていた。夕方へ詰まる仕事を示したことで、変える必要のある負担が分かった。変更後も、その負担が別の形で戻っていないかを確かめる。
平野は、その週の終わりに岸へ言った。
「帰るとき、誰に渡せばいいかが分かるようになりました」
岸は次の週の担当表を開いた。名前を入れるとき、その日の仕事がどこまで続くのかを、前より確かめるようになっていた。
自分の職場で考えるとき
健診結果に異常の所見がある労働者については、健康を保持するために必要な措置について医師等の意見を聴く必要があります。意見を受け取った後は、それを勘案し、本人の実情を考慮して会社が必要な就業上の措置を決め、実施へつなぎます。[1]
意見の意味が明確でないときは、総務や上司が医学的な線引きを補うのではなく、仕事の方法、時間、負担の情報を返して確認します。会社の案を考える際も、本人の意見を聞くことが大切です。[1] 本文の変更は、個別に確認した架空の例で、誰にも同じ担当変更が必要ということではありません。
現場へは、対応に必要な仕事の条件が伝わるようにします。検査値や詳しい診断内容を広く渡すこととは分け、健康情報の取扱いにも注意します。[2]
講話で使うときは、「意見を受け取った後、会社のどの判断がまだ残っていたか」を考えてみてください。仕事の変更を決める人、実際に変える人、変更後を確かめる人が分かると、書類がどこで止まっているかを具体的に話せます。
参考資料
- 厚生労働省 健康診断結果に基づき事業者が講ずべき措置に関する指針。医師等への業務情報の提供、意見の確認、措置の決定・実施を参照。
- 厚生労働省 労働者の心身の状態に関する情報の適正な取扱いのために事業者が講ずべき措置に関する指針。健康確保に必要な情報と、その取扱いの体制を参照。