もしサンタが労基署に相談したら?
── 繁忙期の「働かせ方」を考える
「1年のうち、12月24日だけ超長時間労働で、世界中を一晩で回らされるんです」
「夜通し一人で飛び回って、終わったらそのまま倒れるように寝るだけで…」
もしサンタクロースが、日本の労働基準監督署にこう相談に来たとしたら──。
フィクションとして聞けば笑い話ですが、産業衛生の視点で見直してみると、意外と笑えないポイントがたくさん見えてきます。
このコラムでは、「サンタさんの働き方」をあえて題材にしながら、
私たちの職場における年末の繁忙期の働かせ方を考えてみたいと思います。
1.サンタの働き方を「職場の現実」に置き換えてみる
サンタの設定を、少しだけ現実世界の労働に置き換えてみます。
- 年に一度の「超繁忙日」がある
- その日は
- 夜間・深夜に及ぶ長時間労働
- 休憩ほぼなし
- 世界中を飛び回る移動(長距離運転・出張)の連続
- 終わった直後は疲労困憊で、翌日はほぼ使いものにならない
これを日本の職場に当てはめると、例えばこんな場面が思い浮かびます。
- 年末の物流・宅配・引っ越しシーズン
- 小売・飲食・観光業のクリスマス&年末セール
- システムのリリース前、決算前の「一斉残業」
- 繁忙期のコールセンター・カスタマーサポート
どれも「この時期だけは仕方ないよね」と言われがちな場面です。
ただ、「仕方ない」で済ませてよい部分と、そうでない部分が混ざってしまうと、健康面・安全面でのリスクが一気に高くなります。
2.もしサンタが労基署に行ったら、何を聞かれるか
フィクションとして、サンタが労基署で相談すると仮定してみましょう。
事業場側に対して、まず確認されるのは次のようなことです。
- その日の勤務時間の記録はどうしていますか?
- 所定労働時間と残業時間は、普段どのように管理していますか?
- 残業をさせる根拠となる協定(いわゆる36協定など)は締結済みですか?
- 休憩は、時間・回数ともにきちんと取れていますか?
- 連続勤務日数・休日の取り方は?
- 健康診断や、長時間労働者に対する健康配慮措置はどうしていますか?
ここで問われているのは、
**「忙しいこと自体」ではなく「忙しくなると分かっていた仕事をどう管理したか」**です。
- 忙しくなるのは年1回なのか、何回もあるのか
- 忙しい日の前後で、きちんと休養が取れる設計になっているか
- 忙しい日が、何日も連続していないか
- 忙しい日の業務内容に、長時間運転・高所作業などの安全リスクが上乗せされていないか
このあたりは、まさに産業衛生と労務管理の交差点になります。
3.サンタ方式が「危険信号」になるポイント
現実の職場でサンタ方式をそのまま真似すると、危なくなるのはどこか。
代表的なポイントを挙げてみます。
(1) 「一晩で全部やる」前提
- 受注・納期・キャンペーンなどを一夜に集中させる設計
- そのしわ寄せが、特定の部門・特定の人に集中しがち
→ 結果として、過労・ヒューマンエラー・事故・クレーム増加のリスクが高まります。
(2) 「代わりがいない」前提
- サンタは世界で一人、という設定ですが、
職場でも「この人しかできない仕事」があると、
その人に負担が集中してしまいます。
→ キーパーソンの燃え尽き、退職、体調不良が起きると、職場全体が一気に揺らぎます。
(3) 「忙しい時期は、多少無茶しても当然」という空気
- 「みんな頑張ってるんだから」「昔はもっときつかった」
- 上司自身が、無茶な働き方を「武勇伝」として語ってしまう
→ 無意識のハラスメントを生みやすく、
- 助けを求めにくい
- しんどさを言い出しにくい
状況をつくってしまいます。
4.それでも繁忙期はなくならない ─ ではどう設計するか
現実問題として、繁忙期そのものをゼロにすることはできません。
大事なのは、「繁忙期をどう設計するか」です。
「繁忙期だから」を理由にしないために
繁忙期は、どうしても例外的な働き方が増えやすい時期です。
ただし、「忙しい」を理由にして、次のようなことまで当然のものとして扱ってしまうのは避けたい対応です。
- タイムカードを先に切らせてから、実際の仕事を続けさせる
- 「残業申請が大変だから」と言って、サービス残業を暗黙の前提にする
- 連続した深夜勤務や長時間運転など、安全リスクの高い働かせ方を「この時期だけだから」と見過ごす
- 有給休暇や代休の取得希望に対して、「今は無理」「落ち着いてからにして」と言い続け、実質的に取れない状態にしてしまう
- 体調不良を訴えても、「今日は何とか」「みんな我慢している」と現場に戻してしまう
繁忙期であっても、法令で定められたことや、安全と健康を守るために会社が守るべき事項は変わりません。
そのうえで、そもそもこうした対応に頼らなくて済むように、
次に挙げるような「設計の工夫」を考えていく必要があります。
① 忙しい日は「例外」だと、あらかじめ位置づける
- 通常の働き方=ベース
- 繁忙期の働き方=あくまで例外
と整理しておくことで、
- 「例外が、いつの間にか平常運転になっていた」
- 「気づいたら、一年中どこかが繁忙期」
といった状態を避けやすくなります。
社内であえて言葉にしておくなら、
「繁忙期は、あくまでも“特別イベント”として扱う」
くらいの表現がちょうどよいかもしれません。
② 前後に“クッション”となる期間をつくる
- 繁忙日の前後に、
- 有給休暇を取りやすくする
- 会議・打ち合わせを極力入れない
- 雑務や資料作成を別の週にずらす
忙しい日そのものをゼロにできなくても、
その前後をなだらかにすることで、心身のダメージをかなり抑えることができます。
③ 人を増やす/仕事を分散させる選択肢を真面目に検討する
- 短期アルバイト・派遣の活用
- 他部署からの応援
- 外部委託できる業務の棚卸し
「人を増やすより、今いるメンバーで頑張ったほうが早い」と考えがちですが、
「健康リスク」「離職リスク」「事故リスク」を含めてトータルコストを見直すと、
人を増やしたほうが結果的に安くつくことも少なくありません。
④ 「気合と根性」以外の選択肢を、あらかじめ言葉にしておく
- 机上のルールだけでなく、現場での具体的な運用も決めておくと、動かしやすくなります。
例:
- 21時以降の新しい仕事依頼は、原則「翌日扱い」
- 連続勤務が○日を超えそうなときは、必ず上長に相談
- 繁忙期の前には、「今年はどこを軽くするか」をチームで決めておく
「気合で乗り切る」以外の方法を、
事前に“言葉”として持っておくことが、現場を守る一歩になります。
5.サンタが会社に望む「プレゼント」とは
サンタの立場に立って考えると、
彼が本当にほしいプレゼントは、最新型のそりではなく、こんなものかもしれません。
- 12月24日の前後に、きちんと休めるカレンダー
- 一人ではなく、チームで届け合う仕組み
- 無茶なスケジュールを止めてくれる上司
- 「今年はやり方を見直そう」と言ってくれる経営者
現実の職場でも、従業員が望む「プレゼント」は、派手な福利厚生ではなく、
- ちゃんと休める
- 無理なことは無理と言ってよい
- 忙しい時期ほど、助け合える
そんな**“当たり前”をきちんと用意してくれる会社**であることかもしれません。
6.おわりに ─ 「サンタを守れる会社」は、社員も守れる
サンタクロースはフィクションの存在です。
しかし、私たちの職場にも、「サンタ役」を担っている人は少なくありません。
- 客先からの無茶な要望を、なんとか形にしてくれる人
- 最後の最後まで残って、現場を支えてくれる人
- 自分の時間や健康を削って、誰かの「笑顔の裏側」を支えている人
もしサンタが労基署に相談に来るような会社なら、
その会社には、きっと他にもたくさんの“サンタ候補”がいるはずです。
「うちのサンタを、どう守るか」。
年末のこの時期だからこそ、一度立ち止まって考えてみる価値があるテーマではないでしょうか。
