同じ研修を繰り返すか迷ったとき、教える内容と、教わったことを実行できる仕事の条件を考えます。

去年の資料を開く

荷受けを担当する係長の森は、去年の研修資料を探していた。

年度の教育計画には「腰痛予防」とある。昨年は、日ごろ作業の負担や改善を相談している労働衛生コンサルタントに講師を頼んだ。持ち運ぶ場面を使った説明は分かりやすく、受講後の感想も悪くなかった。今年も同じ時間を確保すれば、準備は早い。

休憩室で荷受け担当の石田に相談すると、石田はうなずいた。

「新しく入った人には、あの話は聞いてもらいたいです」

そのあとで、少し声を落とした。

「でも、荷物に近づくのが難しいときがあるんですよね」

森は資料の図を見た。去年の研修でも、身体から遠い位置で荷物を扱う場面を考えた。石田は、その説明を覚えている。

「どの荷物のときですか」

「午後に届く小箱です。仮置きの奥のほう。手前も埋まっているので」

森は、教え直す必要があると思っていた。けれど石田の返答は、内容を忘れている人の話とは違った。

労働衛生コンサルタントへの研修依頼のメールを開き、日程の下に、その話を書き足した。入荷の後に腰の負担を訴える人がおり、昨年の説明を現場で使いにくいと言われたこと。去年と同じ研修でよいか、先に確認した方がよいことを聞きたかった。個人の診断や受診内容は書かなかった。

荷受けの台と、確認待ちの荷物に使われている台車を見渡す担当者と係長。

小箱の置き場にも理由がある

返事には、研修で役立った内容を石田に聞いてほしいとあった。それに加え、入荷から棚へ収めるまで、荷物をどこに置き、誰がどのように扱うかを確かめる提案があった。

腰の訴えだけから作業上の原因を決めることはできない。今の資料では、今年の研修内容も選びきれない。荷物の大きさや重さ、回数、道具が使われる場面が分かれば、相談を具体化できるという。

森は午後の荷受けへ行った。

入荷した箱を、石田が受入れ用の台へ並べる。品番と個数を確認し、保管棚へ運ぶ。小箱はまとめて届く。台の奥には、まだ確認を終えていない大きな箱があった。

「手前の箱から運べば、奥にも近づけますか」

石田は、その箱の納品書を指した。

「これは数が合わなくて、回答待ちです。先に棚へ入れると、何を確認していたか分からなくなるので」

奥へ小箱を置くにも、手前へ置くにも理由があった。台車もあるが、返答待ちの箱を載せている。道具を使わない人がいる、と森が考えていた場面では、道具は別の仕事で使われていた。

森が台車を空けようとすると、石田が止めた。

「下へ置いたら、後でまた持ち上げますよ。箱が混ざるのも困ります」

森は箱から手を離した。今日の入荷を片付ければよいと思っていたが、確認待ちの物をどう残すかも考えなければならなかった。

ほかの担当者にも聞いた。午前は大きな箱を先に棚へ移せることが多い。午後は返答を待つ間に次の荷物が来る。小箱だから一度に運んでしまいたくなるが、持つ数や置き方も人によって違った。

森は重量表示と入荷数を控え、どの場面で台車が埋まるかを書いた。石田の訴えへの健康上の対応は、社内の相談窓口を通じて別に進めている。その経過を、この作業の記録に混ぜることはしなかった。

教える前に空けたい場所

森は現場で集めた資料を送り直した。オンラインの打合せで、労働衛生コンサルタントは荷物の写真を見ながら話した。

「研修では、近づいて扱うことを説明できます。ただ、近づける場所がいつもふさがるなら、その条件も変える必要があります」

森は、確認待ち用の台車を増やす案を出した。労働衛生コンサルタントは、置ける場所と通路、荷物が待つ時間、追加しても同じ使い方が続かないかを確かめるよう助言した。メールの写真だけで、台の高さや運搬方法が適切だとは判断しなかった。

購買担当を交え、回答待ちの荷物を分ける場所を検討した。森には荷受けの順番を試す権限があるが、保管場所を変えることと追加の運搬具の費用は、工場長への相談が必要だった。

「研修費だけの話じゃなくなったんですね」

工場長は、去年の見積書の横に新しい案を置いた。

「はい。でも研修をやめたいわけではありません。教わった方法を選べる場所を先に作りたいんです」

すぐ大きく場所を変える前に、通常の入荷日に、確認待ちを別の区画へ分ける試行をした。品番が追えるように納品書を対応させ、購買への問い合わせも担当を決めた。運搬具は設備担当が状態と使い方を確かめた。

その日、小箱の前は空いた。一方、返答が遅れた箱は別区画にも残った。購買担当は、問い合わせを翌朝までためない方法を検討することにした。

同じ荷受け台、壁、窓を使った比較図。整理前は手を伸ばしても机上の大箱が妨げとなり、奥の小箱に触れていない。整理後は大箱を片付け、ほぼ同じ立ち位置から小箱に手が届く。背後には回答待ちの別置き場と空いた台車がある。

今年は何を練習するか

森は研修依頼の内容を書き直した。

昨年の基本的な説明は、未受講の人にも必要だった。今年は、それに実際の荷受けを加える。どの道具をいつ使うか、確認待ちが増えたらどこで止めて誰に伝えるか。変更した置き場を使って、判断と動作を確かめたい。

労働衛生コンサルタントと内容を合わせる前に、石田にも資料を見てもらった。

「これなら、箱に近づけないときに自分だけで工夫する話ではなくなりますね」

「道具を使うところは、実際にやってもらおうと思っています」

「そこは練習したいです。置き場が変わったので、今までどおりだと迷いそうです」

研修当日、森は最初に新しい置き場を説明した。石田は実物の箱を使い、まだ確認できていない荷物を残す場面を示した。講師は、参加者が選んだ方法を、道具と仕事の条件を含めて一緒に確かめた。

新しく入った担当者から、運ぶ数を減らしたら回数が増えるという質問が出た。石田は、回数を減らそうとして一度に抱えたことがあると答えた。急いでいる日に、その場で無理を引き受けないためには、量と運搬具、作業時間を合わせて考える必要がある。森も、配送が重なった日の仕事の組み方を、係の課題として持ち帰った。

「荷物を持つところだけ聞けばいいと思っていました」

質問した人は、資料の余白へ確認待ちの置き場を書いた。森は、研修を受けた人だけが工夫して解決する話にしないよう、次の荷受けで確認することを伝えた。

森の手元には、受講者名簿のほかに、入荷が重なった日に確かめる箇所が残った。今年の研修は、それを見つけた理由から説明できた。

自分の職場で考えるとき

教育で伝えたことを実行しにくいなら、覚えていないのか、方法が分からないのか、職場の条件が妨げているのかを確かめます。厚生労働省の腰痛予防対策指針は、作業・環境・健康の管理と教育を総合的に進め、教育を実際の業務に即した内容にする考え方を示しています。[1]

この話では、担当者が仕事を観察し、労働衛生コンサルタントの助言を使って、研修で扱う判断と先に整える条件を分けました。置き場の変更で個人の腰痛の原因が分かった、治ったという例ではありません。不調への医療・産業保健上の対応は併せて進めます。

講話では「去年教えたことのうち、今の仕事では選びにくい方法はないか」を考えてみてください。教育の必要性を確かめることと、教わった方法を使える条件を確かめることが、依頼内容を具体化します。

参考資料

  1. 厚生労働省 職場における腰痛予防対策の推進について。「作業管理」「労働衛生教育等」を参照。
  2. 厚生労働省 労働衛生の3管理。作業・環境・健康を合わせて考えるための資料。2026年10月11日確認。