手の負担を減らすために作った補助具が、使われなくなっていました。注意をもう一度伝える前に、以前と今の仕事を比べます。

また、という言葉

製造課長の川瀬は、衛生担当の寺田から、手仕上げ工程で相談が出たと聞いた。

「稲葉さんが、左手を使い続けるのがつらいそうです」

川瀬は、その工程に以前作った補助具を思い出した。部品を押さえながら手やすりで端を仕上げる仕事で、部品を保持する左手に力が入り続けていた。設備担当と作業者が相談し、部品を台に固定できる補助具を作った。

「あれは、使っていますか」

現場へ行くと、補助具は台の端に置いてあった。稲葉の前には、以前より少し複雑な形の部品が並んでいた。

「こっちの部品では、外しています」

川瀬は、使うことをもう一度説明しなければ、と思った。手順書の写真にも補助具は写っている。改善したはずの問題が、戻ってきたように見えた。

「左手がつらくなるから、用意したんでしたよね」

言いかけて、川瀬は止まった。稲葉も、その理由は知っている。以前、補助具を試した本人だった。

寺田は川瀬と相談して、稲葉の仕事をいったん調整し、身体の相談は社内の健康相談先へつなぐことを伝えた。そのうえで、川瀬と、何が起きているかを確かめることにした。

ねじで押さえ板を上下させる片持ち式の補助具と、張り出しのある新部品、以前の部品を並べて確認する二人。手やすりは台に置いてある。

以前の部品を持ってきた

翌日、設備担当の松岡が、以前の部品と今の部品を台に並べた。稲葉は、手やすりを置いたまま、補助具へ今の部品を入れてみた。

側面の張り出した部分が、補助具に当たる。

「その向きなら、収まりませんね。反対向きは?」

松岡が聞くと、稲葉は部品を回した。今度は固定できるが、仕上げたい端が押さえの陰へ入った。

「ここを見ようとすると、外さないといけないんです」

以前の部品では、固定したまま端まで見える。左手を添え続けなくても仕上げられた。同じ手順を新しい部品に当てはめると、仕事をする場所が隠れてしまう。

松岡は、台の高さと補助具を取り付けた位置も確かめた。取付けがずれて使いにくくなったのかと思ったが、部品の形そのものが違っていた。

「補助具の不具合だと思っていました。形が変わったんですね」

川瀬が言うと、稲葉は作業票を示した。

「今月からこちらです。仕上げる場所も増えています」

形だけでなく、手やすりを当てる向きと、同じ部品を扱う時間も変わっていた。補助具を使わない理由は、片付けが面倒だからでも、説明を忘れたからでもなかった。

ねじの押さえ板でフランジを押さえ、下の台で受ける補助具の側面図と上面図。旧部品は固定して上端を仕上げられる。新部品は押さえ板を上げても、張り出しが低い固定腕に当たる。半回転すれば固定できるが、茶色で示した同じフランジ端が押さえ板の下へ移る。

変更は、伝わっていた

川瀬は、部品変更の連絡を探した。図面も作業票も更新され、製造課へ届いていた。連絡そのものがなかったわけではない。

初回の品物では、品質担当が寸法と仕上がりを確認している。納期も決め、工具の準備もした。そこまでは記録があった。

「補助具をそのまま使えるかは、誰が確かめたんでしょう」

寺田が聞くと、川瀬は、初回の担当者に尋ねた。担当者は、うまく収まらないことを班の中で話していた。ただし、不良品にならず仕上げられたので、変更に伴う作業上の問題としては上げていなかった。

稲葉は続けた。

「私も、これなら手で持って仕上げられると思いました。前のと同じ数が続くと、押さえる時間が長くて」

川瀬は、自分が初回に聞いた質問を思い出した。「予定の数ができるか」「仕上がりは合っているか」。補助具を外したとき、身体で何を補っているかは聞かなかった。

以前の対策は、部品を持ち続けなくてよい条件を作っていた。部品が変わってその条件が失われても、仕上がった数だけを見ていれば、工程は正常に見えた。

「変更の紙は来ていました。でも、仕事の変化まで確認する流れになっていませんでしたね」

川瀬は、稲葉への説明を増やす案を脇へ置いた。まず今の部品を扱える方法が必要だった。

固定できても、終わりではなかった

今の方法での新部品の仕上げはいったん止め、川瀬は生産計画の担当と納期を調整した。

松岡は、別の位置で部品を支え、仕上げる端を見られる案を作った。変更する補助具の保持、手や工具の接触、部品の傷などを、設備と品質の担当者が検討する。稲葉がその場で押さえを削って済ませる変更ではなかった。

試作品を確かめると、端が見えるようになった。ただ、部品を裏返すたびに、押さえを大きく開き直す必要があった。

「これは、持たなくていいです。でも、毎回ここを回すなら、右手の仕事が増えます」

別の作業者にも見てもらうと、部品を抜くときに引っかかるという意見が出た。松岡は、固定できたことで完成と考えず、出し入れと持ち替えを含めて案を修正した。

最初の図面より、検討に時間がかかった。川瀬は納期担当から、いつ再開できるか聞かれた。

「一つ仕上がることは確認できました。でも、一日の仕事として続けられるかが残っています」

補助具の購入費だけでなく、試す時間も必要だった。工場長は、確認の工程を予定へ入れ、その結果を受けて量産を再開することにした。

修正後の試行では、旧部品と新部品、それぞれの作業を複数の担当者で確認した。保持する力、手首の向き、出し入れの繰返し、作業量を見て、今回の部品に使う条件を決めた。

新しい写真を貼る前に、稲葉にも説明を確認してもらった。

「固定したまま、ここまで仕上げられます。こっちの品番は、前の補助具です」

次の変更が来たとき

図面が届いたとき、製造側が従来の作業方法や補助具で扱えるか確認し、変わる部分があれば設備・衛生の担当と検討する。工場長も、その確認を生産準備に入れることを認めた。

川瀬は、次の品番の準備打合せに稲葉を呼んだ。稲葉が図面を見て、ある端を指した。

「ここを仕上げるなら、持ち替える場所が変わります」

まだ手の訴えが出たわけではない。それでも、仕事を変える前に検討する理由になった。

今回の部品で作業方法を変えられたことと、稲葉の身体の状態が回復したかは別に確かめる。仕事の調整と健康相談は続けていた。

台の端にあった補助具は、旧部品の置き場へ戻した。使わなくなった物が、すべて役に立たなくなったわけではなかった。使える前提が違っていたのだ。

川瀬は手順書を開いた。「また使っていない」と言う前に、次はその前提を確かめようと思った。

自分の職場で考えるとき

再発したときは、前の対策が何を変え、どんな条件で働いていたかを、今回の作業と比べます。設備、部品、工具、量、担当などの変更がないかも確かめます。厚生労働省のリスクアセスメント指針は、設備・原材料・作業方法などを変更するときの調査と、作業を知る人の参加を扱っています。[1]

対策を使わなかった事実は、理由を調べる入口です。「手順違反」で調査を終えると、使えない条件を残すことがあります。英国HSEの事故・事象調査の資料でも、目の前の行動に加えて、その行動を生む設備や管理の条件まで調べる考え方を示しています。[2]

補助具を直すときも、持つ力が減る一方で、出し入れや操作の負担が増えていないか確かめます。作業上の対策と、既にある症状への相談・対応は、どちらも必要です。

講話では、「以前の対策は、何が同じであることを前提にしていたのだろう」と考えてみてください。

参考資料

  1. 厚生労働省 危険性又は有害性等の調査等に関する指針について。変更時の調査、労働者の参加、実際の作業情報を参照。
  2. 英国HSE Investigating accidents and incidents。行動だけでなく背景条件を調べ、実行できる対策を検討する考え方を参照。英国の制度を日本の法的義務として適用するものではありません。