2 二人の好み
小さな焙煎所で、包装・発送の仕事を始めた森。店主と二人で働いています。
架空の人物・店の物語です。 最初から読む →
箱を閉じるまで
森が働き始めて、二週目だった。最初の週に一緒にやった箱詰めを、今日は森が進めていた。
森が箱に入れた袋を、店主がすこし動かした。
ラベルが上を向き、二つの袋が並んでいる。さっき森が入れたときと、ほとんど同じに見えた。
「どこか、違ってました?」
「いや。こっちをすこし寄せると、見やすいかなと」
森は箱の正面へ回った。
「こっちが上ですか」
「開けると、こっちから見ると思って」
店主は蓋を開き直してみせた。森も、一度閉じてから開いた。
「ああ」
向きを確かめて、紙の緩衝材を入れた。
店主は机へ戻った。森の隣にいた間、商品ページの説明文を開いたままにしていた。
一文直し、もう一度読む。後ろでは、森がテープを引いていた。
二箱目を閉じるころ、店主がまた台へ来た。
森はテープを持ったまま、顔を上げた。
「まだ閉じない方がいいですか」
「その前に、中身を一緒に見よう」
注文票と袋を照らし合わせる。銘柄も数も合っていた。森は箱へ手をかけたが、店主がまだ見ていたので、そのまま待った。
「大丈夫。閉じていいよ」
森はテープを引いた。
この日も、カードを二枚入れる指定があった。森は注文票の書き込みを読み、カードを取りに行った。
机に戻っていた店主を呼ぶ。
「これ、別々の人に渡すってありますけど、箱も分けますか」
「箱は一つで。カードを一袋ずつ付けてほしいんだって」
「じゃあ、こうですね」
森は二枚を重ねず、それぞれの袋に添えた。店主が確認すると、今度はすぐ蓋を閉じた。
台には、切ってある緩衝材が残っていた。森は次の箱へ入れ、端を折り込んだ。
「これが足りなくなると、ちょっと嫌ですね」
「取りに行くの?」
「切るのです。箱に入れていく方を、ずっとやってたい」
「分かる」
店主は予備の束を取った。台の上へ載せると、森が開いていた箱に当たった。
森が箱を持ち上げると、店主は束を引き取り、隣の空いている台で切った。
二人で中身を確かめ、森が箱を閉じる。店主が次に使う分を渡す。しばらくは、その繰り返しになった。
最後の箱を閉じる前に、森が店主を呼んだ。
「お願いします」
二人で中身を見たあと、店主がテープへ手を伸ばした。
「あ、それ、私がやります」
森は箱を自分の前へ引き寄せた。
テープを端まで貼り、手のひらで押さえる。送り状を貼るところまで済ませてから、箱を店主へ渡した。
「終わった」
森は台に残った紙くずを集めた。
店主の机では、商品ページがまだ開いていた。直したのは一文だけだった。
画面を閉じる前に、店主はその一文を保存した。
「お昼にしましょうか」
森は鞄から弁当を出した。包んでいた布を机に広げ、弁当箱を置いたところで、スマートフォンを取り出した。
「毎日、撮ってるの?」
「毎日じゃないです。今日のは、うまくできたので」
店主がのぞくと、卵焼きがきれいに並んでいた。
「これ、写真だと焦げたところが見えないんですよ」
森は一枚撮ってから、弁当箱を自分の方へ回した。
三つのカップ
店主が棚からカップを三つ出すと、森が聞いた。
「誰か来るんですか」
「飲み比べようと思って」
豆の入った小さな袋を、カップの後ろへ一つずつ置いた。袋には日付と数字が書いてあった。
「全部違う豆?」
「同じ豆。焼き方を変えてある」
「私も飲んでいいですか」
店主はカップをもう三つ出し、森の分も同じ順番に並べた。
森の台には、ラベルを貼る前の袋が並んでいた。店主がその半分を自分の方へ寄せると、森はラベルの束を持ち上げた。
「こっちはやっておきます。淹れてください」
「箱に入れる分もあるよ」
「はい。紙も切ってあります」
台の端に、緩衝材が重ねてあった。森は朝のうちに、その日使う箱と一緒に出していた。
店主は袋を戻し、湯を沸かした。
森が最初のラベルを貼る位置を確かめている間に、豆を量った。二つ目の豆を挽く前に振り返ると、森はもう次の袋を取っていた。
三種類を淹れ終え、店主は森を呼んだ。
森は手に持っていた袋を置き、カップの前へ来た。
左から順に飲んで、真ん中をもう一度飲む。
「私は、これです」
「右かな」
森は右を飲み直した。
「こっち、すっぱいです」
「冷めると、もうすこし甘くなると思う」
「じゃあ、あとでまた飲みます」
森は台へ戻り、残りの袋にラベルを貼った。貼り終えた袋を注文ごとに分け、開いておいた箱へ入れていく。
店主は三つのカップを飲み直し、ノートに書いた。前に同じ豆を試した日のページを開き、袋の数字と見比べた。
「お願いします」
呼ばれて台へ行くと、二箱が開いていた。二人で注文票と中身を確かめた。
「じゃあ、残りもお願いしていい?」
「はい。コーヒー、私のも残しておいてください」
店主はカップの前へ戻った。
後ろでテープを引く音がした。ノートの続きに書き込み、右に置いた豆の番号に丸を付けた。
森が次に店主を呼んだときには、発送する分が全部、箱に入っていた。
確認を済ませ、森は送り状まで貼り終えた。
台を片付けてから、森がカップを取りに来た。
右を飲んで、真ん中を飲む。
「どう?」
「やっぱり、真ん中です」
店主がノートを寄せると、森は丸の付いた番号を見た。
「もう決まってるじゃないですか」
「森さんは真ん中、と書いておく」
「大きく書いてください」
店主は真ん中の豆の番号の下に、森、と書いた。
青いカップ
それから数週間後、森が撮影用に持ってきたカップは、思っていたより大きかった。
「これ、いつも使ってるの?」
「スープにも使ってます」
青いカップを台へ置き、森は隣にコーヒーの袋を立てた。今日は飲み物も一緒に撮ってみたいと、先週、森から言われていた。
店主がコーヒーを淹れて戻ると、森は袋を正面から一枚撮り、斜めに向けた。
「店の名前、こっちからだと読めないね」
「正面のは撮りました。これは二枚目に」
森は袋を動かさず、画面を店主へ向けた。青いカップの横に、袋の角が入っていた。
「カップの写真みたいだな」
「そうなんですよね」
森はカップを奥へずらした。今度は、青いものが袋の後ろからすこし見えるだけになった。
「これは、もったいない」
「豆の写真だからね」
「分かってます」
森は笑いながら、半分だけ戻した。
店主は机へ行き、今日発送する注文を確かめた。追加で引き受けた二件も、袋詰めは済んでいた。送り状を出し、集荷の時刻を確かめた。
「森さん、先にこっちの箱、お願いできる?」
「あと、これを一枚だけ撮ってからでもいいですか」
「うん」
森は二枚撮った。片方を消して、撮影用の袋とカップを脇の机へ移した。台を空け、店主が持ってきた袋を注文ごとに箱へ入れた。
店主は隣で送り状と中身を照合し、箱を閉じていった。
箱が片付くと、森は机に残していたコーヒーを飲んだ。
「冷めても、けっこう苦いですね」
「そう? これくらいが好きなんだけど」
「私はパンが欲しいです」
森が画面を見せた。袋を正面に向けた写真と、カップを半分戻した写真が並んでいた。
店主は二枚目を大きくした。カップの色はよかった。袋の上の方に光が当たり、実物より白っぽく見えた。
「これ、袋がもうちょっと暗く写るといいんだけど。さっきの場所で撮り直せる?」
森は画面を閉じずに、机に置いた。
「今日は片付けまでで三時です。次でもいいですか」
時計は二時五十分だった。店主は袋とカップを寄せてみた。さっきの写真でどう並んでいたか、もう一度見なければ分からなかった。
「続きを撮っておこうか」
「撮ってもらってもいいですけど、私ももう一回やりたいです。今日のは、まだ使わないでください」
森は二枚を店のパソコンへ送った。
「水曜も、カップ持ってきます」
店主は水曜の予定を開き、袋詰めの前に撮影の時間を入れた。
「水曜、来たら先に撮ろう。豆は用意しておく」
「じゃあ、パンも持ってこようかな」
「パンも写すの?」
「食べる分です」
洗って拭いたカップを、森は持ってきた布で包んだ。
「それ、置いておいてもいいよ」
「今夜、使うので」
布ごと鞄へ入れると、森は机の下も見て、忘れ物がないか確かめた。